真言宗寺院「浄光院」様との出逢い
始まりは、一本の電話でした。
日頃から仕事でお世話になっている栃木市内の設計事務所の所長から連絡があり、 小山市にある「浄光院」さんの鐘楼門(しょうろうもん)の修復を打診されました。数年前に鐘楼堂の建て直し(成就院さん/栃木市)を手がけたことがあり、 聞けば同じ真言宗豊山派の寺院とのこと。これも何かのご縁と思い、早速現地を訪ねることにしました。
訪れたのは寒さ厳しい2021年2月ごろ。ご住職と副住職夫妻にごあいさつし、寺院正面にある鐘楼門をじっくりと時間をかけて視察させていただきました。 築後およそ60余年とされる門は、入母屋造りの屋根を冠した約1間半の四脚門で、左右に袖壁(そでかべ)を配し、上層に鐘楼が吊り下げられています。 総ケヤキ造りの楼門は重厚感たっぷりで、威風堂々と屹立していました。
現地を調査して最も気になったのは、4本の脚すべてに巻かれた朱塗りの鉄骨材でした。聞けば、かつて鉄骨業者さんに施工してもらったとのこと。 ケヤキは反りやねじれが生じやすいことから、補強を目的に頑丈な鉄骨が巻かれたと思われます。ところが、長年にわたり風雨に晒されたことで、 柱と鉄骨材との間に溜まった水分によって脚元の腐朽が進んでしまい、その様子は目視でも確認できるほどでした。
そもそもこの門は、入母屋造りで瓦屋根を冠しているので頭が重く、2階建てほどの高さがあり、柱だけの不安定な建造物です。視察時は左右の袖塀に支えられ、かろうじて建っているような印象でした。
ご住職と副住職夫妻、そして檀家役員さんはかねてより脚の腐朽を懸念していたそうで、安全性の面からも修復の必要性を感じていたようです。
ひょんなご縁から、伝統建築物の修復・修繕実績のある当社に白羽の矢が当たったわけですが、
ご住職家族はもちろん、浄光院に深い愛着のある檀家役員さんの修復への熱意や期待度を感じ、
この仕事にトライすることにしました。
匠の技術
現場で考え、最善策を見出し、
約30トンの2層鐘楼門をジャッキアップ
腐朽した4本の脚を修復するには、大きく次のような工程が必要です。 まずは約30トンにも及ぶ鐘楼門を持ち上げなければなりません。一般的なクレーンでは持ち上げることが不可能なため、引舞業者(曳家工事を行う専門職人さん)の力を借りておよそ15センチほどジャッキアップしました。
新旧の部材をつなぎ合わせる「根継ぎ」
上げた状態で腐朽した部分を切断し、その後、「根継ぎ」と呼ばれる新旧の部材をつなぎ合わせる作業を行います。 新しいケヤキ材をそれぞれの柱の長さと向きに合わせて緻密に加工します。加工を終えたら4本の柱すべての取り付けを終えてから、ジャッキアップした門を計4つある礎石(そせき)の上に慎重に着地させます。 これで作業は完了です。
職人泣かせの非常に稀な工事
ざっくり言うと「上げる→切る→直す→下ろす」だけですが、4本の脚を同時に切断・加工・取り付けをしなければならない非常に稀な工事です。実際には職人泣かせの場面がいくつかありました。
素材との対峙
先にも触れたように、ケヤキは反りやねじれなど狂いが生じやすい素材です。まずはケヤキを専門に扱う材木店へ足しげく通い、部材1本1本のクセ(特性)を見極めるなど、材料の吟味から始めました。
加工にはノミなどの刃物を使いますが、ケヤキに刃を当てると跳ね返ってくる感覚を覚えます。まさに「歯(刃)が立たない」とはこのことです。加工に時間がかかるのはもちろん、重量級のケヤキをジャッキアップした状態で、 しかも立てたまま現場作業を行わなければなりません。いつものように作業場で加工するのと訳が違いました。また、新旧の柱をつなぐ際、重いケヤキ材の取り回しにも四苦八苦しました。そこで刃物の種類や刃先の角度をいろいろと変えてみたり、やり方や工程を工夫するなどしてなんとか局面を乗り越えました。
強度と美の両立
4本の脚を加工する際、それぞれの根元を金輪(かなわ)形状に加工する「金輪継ぎ」と呼ばれる手法を用いました。新旧の柱をつなぐとき、結合面の表面積が増えれば増えるほどしっかりと安定し、 反りやねじれを回避することができます。今回の修復ではよりしっかり食い込ませるために、結合面の加工にひと手間もふた手間も加え、あえて複雑な加工を施しました。振り返ってみると、 ここが最も難易度の高い作業だったと思います。
一方、見た目の美しさにもこだわりました。新旧の柱の結合面はピタリと隙間なくくっつき、外から見たときの仕上がりは直線的です。修復・修繕の仕事は建物の強度を保つだけでなく、伝統建築物にふさわしい美の視点も欠かせません。
実はこの金輪継ぎは、素人目にはとてもわかりにくく、言葉で説明しても伝わりにくいため、ご住職家族や檀家役員さんに説明するために、2分の1サイズのサンプルを実物と同じ手法でつくりました。当社の作業場や施工現場で実際に見て、触れていただいた結果は一目瞭然です。複雑かつ微細な日本古来の伝統技術に、みなさん驚いていました。
金輪繋ぎの1/2サイズサンプル
宮大工の知恵と技、
心血を注いだ9カ月間の記録
初見・現地調査
お寺様に再度所長も同行して工事概要説明
工作所視察
立柱作業(変形金輪継ぎ)
2022年4月19日
落慶法要式
修復を終えて
2021年6月に着手した修復工事は、2022年3月に無事完了し、翌4月、桜の開花と時期を同じくして、 鐘楼門の落慶法要が執り行われました。新たに生まれ変わった鐘楼門の姿と、舞い散る桜の花のコントラストが印象的で、 ご住職家族や檀家役員さんらは終始誇らしげな表情でした。
檀家役員さんから感謝の言葉をたくさんいただき、また、浄光院さんから感謝状が送られるなど、私自身とても感動しました。 施主様によろこんでいただくことは職人の最大のよろこびです。 聞けば、鐘楼門の修復と相前後して、副住職が新住職を務めるなど世代交代があったそうです。建物が新たに生まれ変わるタイミングで、 次の世代へバトンタッチが行われるなど、なんともドラマチックな展開となりました。
初めに申し上げましたが、伝統建築物の修復・修繕は作業マニュアルがあるわけではなく、やり方が決まっているわけではありません。時には雲をつかむような案件もありますが、難しい仕事であればあるほど、果敢にチャレンジするのが私たちのやり方です。数々の引き出しの中からベストな方法を見出すのが修復・修繕における宮大工棟梁の使命・役割であり、それを実行できるのが当社の強みだと自負しています。 気づきや学びが多かった本修復工事は、私自身の仕事の記憶の一つとして深く心に刻まれました。
宮大工・山本剛久
昭和54年、栃木市生まれ。寺社建築の設計・施工を手がける株式会社鵤工舎(いかるがこうしゃ)で、創業者であり宮大工の小川三夫氏に師事。社寺建築の知識・技術はもちろん、宮大工としての所作や職人としての礼儀作法を学ぶ。25歳のときに父が営む有限会社大兵工務店に入社。以来、社寺建築を始め文化財や蔵の修復・修繕、古民家再生に携わる。
一級建築士。(一社)日本伝統建築技術保存会 棟梁認定。
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伝統技法に職人技と現代工法を組み入れた建物づくりの技。宮大工が社寺建築・蔵の修復・再生を行います。
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